政界徒然草

新立民代表 枝野幸男氏は変わったのか 否定してきた「数の論理」

立憲民主党の結党大会後に記者会見する枝野幸男代表=15日午後、東京都港区(萩原悠久人撮影)
立憲民主党の結党大会後に記者会見する枝野幸男代表=15日午後、東京都港区(萩原悠久人撮影)

 旧立憲民主党を創設した枝野幸男氏が旧民主・民進党などの結集を成し遂げ、自ら新党代表の座に就いた。枝野氏は平成29年の前回衆院選直前に、小池百合子東京都知事が迫った「排除」の論理に対抗する形で旧立民を立ち上げ、初の国政選挙で最大野党の座を占めた。以来、政党同士の合従連衡を拒絶してきた枝野氏が「数の論理」に傾いていったのはなぜか。

 「政権の受け皿、選択肢となるためには軸となる政党が明確でないと、政権の選択肢として認めてもらえない。ようやく最低条件である衆院議員100人を超えることができた」

 枝野氏は23日、日本外国特派員協会主催の記者会見で、旧立民と旧国民民主党などが合流して設立した新「立憲民主党」が、衆参合わせて150人規模になった意義をこう評した。

 旧立民は前回衆院選直前、小池氏が率いた希望の党と民進党との合併騒動の中から誕生した。民進党側は丸ごとの合流を望んでいたが、小池氏は憲法改正や安全保障関連法に消極的なリベラル派を「排除する」と明言し、混乱を招いた。

 枝野氏はこの機を捉え、「安倍晋三政権の暴走に歯止めをかけるための大きな役割を果たす」と結党に踏み切った。ツイッターなどでは「#枝野立て」があふれ、旧立民は衆院選で野党第一党に躍進した。

 この成功体験が枝野氏の政局観を変えたように見える。