明治維新を支えた男 白石正一郎日記に見る幕末

第1部 前夜(4)商人としての野望と挫折 編集委員・宮本雅史

 今の山口県下関市、当時の長門国(ながとのくに)竹崎浦にある荷受問屋「小倉屋」。安政4(1857)年11月12日から13日にかけて、夜を徹しての西郷吉兵衛(のちの隆盛)と小倉屋8代目当主、白石正一郎(しらいし・しょういちろう)の会談は白熱した。薩摩藩の拠点を下関に置くという話にとどまらず、商売の話にまで広がったのである。商売の話は、のちに白石邸が薩長同盟を画策する場になるきっかけともなった。

 この頃の正一郎には、西郷の言葉に国士として目覚める面がある一方、〈自分は商人で、白石家の主として店を繁盛させる役目がある〉との思いもあったようだ。資料や参考文献から、会談の中で商売の話が出た様子を想像してみる。

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