よど号事件50年

直前にメンバーに接触の元公安捜査官、後悔の独白「防げたかも…」

インタビューに応じる元警視庁警視=東京都千代田区(松井英幸撮影)
インタビューに応じる元警視庁警視=東京都千代田区(松井英幸撮影)

 昭和45(1970)年3月、共産主義者同盟赤軍派の学生ら9人が日航機を乗っ取り、北朝鮮へ渡った「よど号」事件から31日で50年を迎える。当時、警視庁公安部の捜査官だった男性(76)=警視で退職=が産経新聞の取材に応じ、犯行計画が決定される前日の45年3月13日、よど号グループの魚本(旧姓・安部)公博容疑者(72)に接触していたと証言した。元警視はハイジャックという重大犯罪の実行犯と事前接触しながら情報を引き出せず犯行も阻止できなかったことを、事件から50年となる現在も後悔しているという。

 ■再会

 魚本容疑者は44年1月、学生運動家らが東京大学本郷キャンパスの安田講堂を占拠し、多数の検挙者がでた東大安田講堂事件で逮捕され、警視庁牛込署で元警視の取り調べを受けていた。共に20代と同世代だったこともあり、元警視は取り調べの最終日に「何かあったら連絡を」と自宅の電話番号を伝えた。

 元警視は45年3月13日の夕方、西武線中村橋駅に近い喫茶店で魚本容疑者と待ち合わせた。1年ぶりの再会。池袋の焼き鳥店に移動し、取り調べ中の思い出や仲間・家族との関係、将来のことなどを話し込んだ。

 「魚本容疑者は東大事件後、一時、故郷の大分へ帰ったものの厳格な両親との関係がうまく築けず再び東京へ戻ってきたと打ち明け、悩んでいる様子でした」。元警視は過激派生活ときっぱり縁を切って学業へ復帰するよう強く勧めた。

 再会から3時間がたったころ、元警視の気持ちに変化が起きる。「時計が8時になっているのを見たら、突然前年の秋に生まれた長女の顔が頭から離れなくなってしまったのです」

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