密集厳禁、マスク着用呼びかけも祝賀行列や演説会には人の波…新聞記事で振り返る100年前のスペイン風邪(下) 

「憲政の神様」とよばれた尾崎行雄の演説会の様子を捉えた写真。不鮮明だがマスクをした聴衆の姿は見えない(大正9年1月29日付時事新報)
「憲政の神様」とよばれた尾崎行雄の演説会の様子を捉えた写真。不鮮明だがマスクをした聴衆の姿は見えない(大正9年1月29日付時事新報)

 約100年前にパンデミック(世界的な大流行)となり、日本でも約38万人が死亡したインフルエンザ「スペイン風邪」。当時の政府や自治体は、市民にマスクの着用や密集を避けるよう呼びかけるなど、現代の新型コロナウイルスと同様の感染防止対策をとっていた。ただ、こうした要請には法的拘束力がなく、感染拡大を助長する大人数が集まる行事などが実施されてしまうこともあったという。当時の新聞記事からは、100年前から変わらぬ「課題」が浮かび上がる。(橋本昌宗)

なすすべなく拡大

 日本でのスペイン風邪は1918(大正7)年の夏~秋ごろに最初の感染拡大が始まり、21年までの間に計3回の流行期があった。

 東京で発行されていた新聞「時事新報」は、最初の感染拡大期である18年11月8日付の紙面で《夥(おびただ)しい感冒数》という見出しの記事を掲載。東京市(現東京23区)にある学校で、急速に感染が拡大している様子を報じている。

 記事は、衛生当局や医師らへの取材を元に構成。市の教育課は、予防方法について「考究中」とする一方、専門の学校医がいる学校は全15区中9区にとどまり、残る6区は開業医が嘱託で担当している状態のため「十分な手当てや予防対策ができていない」と説明している。

 今回の新型コロナウイルスと同様、既存の医療システムでは対応が追い付かなくなりつつあることをうかがわせる内容だ。「多大の死亡者を出したのは遺憾であるが、別に防御の方法もなくて苦心している」という警視庁衛生部長の苦悩の声も紹介されていた。

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