昭和天皇の87年

死を覚悟した岸信介 国会はデモ隊に取り囲まれた

画=筑紫直弘
画=筑紫直弘

第228回 安保闘争(2)

 昭和35(1960)年、国会は、言論の府ではなくなった。日米安全保障条約の改定に反対する60年安保闘争が、最高潮に達したのだ。

 アメリカによる恣意的な運用が可能だった日米安保を見直し、在日米軍の使用や装備を日米が事前協議する新安保条約を締結することは、保守ならずとも必要な政治課題である(※1)。しかし、反米色を強める社会党の抵抗で国会審議は紛糾し、永田町周辺では労組や全学連(全日本学生自治会総連合)に主導された学生らが安保反対のデモを繰り返した。

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