悲劇の司令部壕

(上)生存女性が語る沖縄第32軍の真実 「牛島閣下はお優しかった」

第32軍司令部壕の防御施設。この地下の坑道で、沖縄戦の指揮がとられた=那覇市首里金城町
第32軍司令部壕の防御施設。この地下の坑道で、沖縄戦の指揮がとられた=那覇市首里金城町

 那覇市東部の丘陵にある国営・首里城公園。世界遺産の城跡などを巡る観光順路からやや外れた、うっそうと樹木の茂る西側の斜面に、朽ちかけたコンクリート遺跡がある。沖縄戦における日本陸軍の拠点、第32軍司令部壕(ごう)の防御施設だ。

 壕の坑口は土に埋もれ、正確な位置は今も分からない。ただ、戦後の研究などからこの地下およそ30メートルに坑道があり、南北に延びていることが明らかになっている。無線などが完備され、将校室をはじめ電信室、救助室、食糧貯蔵庫、炊事場や浴室もあった。

 もっとも、野戦築城のため公式の図面は残されていない。5つある坑道の総延長は千数百メートルに及ぶが、実地調査が可能なのは第5坑道の入り口からの約150メートルと、第3坑道の約140メートルで、その先は土砂で埋まっている。

 壕内には将兵らの遺品のほか、撤退時に取り残された多数の負傷兵らの遺骨が埋まっているとされる。しかし大部分は詳細不明で、土砂と歴史の厚いベールに閉ざされたままだ。

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