昭和天皇の87年

「何としても沖縄に…」 大量の吐血、列島に衝撃走る

画=井田智康
画=井田智康

第244回 闘病

 昭和62年4月21日、86歳の誕生日を前に行われた宮内記者会との会見で、昭和天皇は言った。

 「念願の沖縄訪問が実現することになれば、戦没者の霊を慰め、永年県民が味わった苦労をねぎらいたいと思っています。これからも県民が力を合わせて困難を乗り越え、県の発展と県民の幸福のために努めてくれるように励ましたいと思います」

 同年10月に沖縄で開催される国民体育大会(海邦国体)に、昭和天皇は臨席することになっていた。本土復帰から15年余り、ようやく実現する沖縄訪問に、胸を熱くしていたに違いない。

 だが、その8日後、身体に異変が起きる。

 4月29日《内閣総理大臣等をお招きになり、天皇誕生日宴会の儀を行われる。(中略)宴会の儀は滞りなく進行するも、終盤に至り御気分がすぐれなくなり、嘔吐(おうと)される》(昭和天皇実録59巻149頁)

 当初は、一時的な体調不良とみられていた。侍医の診察を受け、翌日は静養したものの、5月1日からは通常通りの公務に復帰する。しかし、病魔はじわりと、昭和天皇の身体をむしばんでいた。

有料会員向け記事こちらは有料会員記事です (会員サービスについて)

産経ニュース会員(無料)に登録している方は、ログイン後に有料会員登録を行ってください