19世紀のペリー来航記録も「日本海」 韓国主張に矛盾

1856年刊行の「ペリー提督日本遠征記」の付図。「SEA OF JAPAN」の表記がある(舩杉力修准教授提供)
1856年刊行の「ペリー提督日本遠征記」の付図。「SEA OF JAPAN」の表記がある(舩杉力修准教授提供)

 日本海の国際呼称をめぐり韓国が「東海」への改称や併記を求めている問題に関連し、江戸時代末期にあたる1850年代に刊行された英国と米国の公的な海図が日本海の呼称を使っていた。日本国内で日本海の呼称が一般的になるのは明治時代だが、それより前から国際的には定着していたことを示すものだ。島根大の舩杉力修(ふなすぎ・りきのぶ)准教授(歴史地理学)によると、「日本海の呼称が普及したのは日本の植民地支配の結果」とする韓国側主張の矛盾を突く資料の一つになるとみられている。

黒船の地図に「日本海」

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