戦後75年 慰霊と追悼(4)

被爆の記憶伝承は「人ごとではない」

 被爆75年を迎えた今夏、歴史的な原爆展が企画されていた。日米開戦の端緒となった米ハワイ・真珠湾での広島市と長崎市の海外原爆展だ。新型コロナウイルスの感染拡大で延期となったものの、被爆者が長年にわたって国内外に被爆の実相を伝えてきた活動が実を結んでいることを示すものと期待された。

潮目を変えたオバマ氏の広島訪問

 被爆者は米国で核廃絶を訴えるたび「リメンバー・パールハーバー(真珠湾を忘れるな)」の声に直面してきた。日本の真珠湾攻撃を引き合いに原爆投下を正当化する主張だ。被爆50年の1995(平成7)年、米国スミソニアン協会国立航空宇宙博物館が開催を予定していた「原爆展」が中止されたのも、「原爆投下が終戦を早め、米将兵の命を救った」との視点の展示がなされていないなどと退役軍人団体が猛反発したためだった。