孤高の国母

(3)皇后お手植えの乙女椿 新型コロナ禍でも大輪咲かす

貞明皇后が幼少時を過ごした大河原家に残る、お手植えの椿=東京都杉並区(桐原正道撮影)
貞明皇后が幼少時を過ごした大河原家に残る、お手植えの椿=東京都杉並区(桐原正道撮影)

 以下は昭和天皇の母、貞明皇后の生い立ちをめぐる逸話である。

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 若者向けの雑貨店などが多く、サブカルチャーの街として知られる東京都杉並区高円寺-。JR中央線の中野駅から高円寺駅に向かって線路沿いに歩くと、住宅が並ぶ中にうっそうと樹々の茂る旧家がある。

 「明治22年に甲武線(現JR中央線)が開通するまで、このあたりは人家もまばらな、武蔵野の自然に囲まれた農村でした」と、旧家の当主、大河原章雄氏(84)が語る。

 「明治の頃は栗の木が多く、秋になると農家の子供たちが、さかんに栗拾いをしていたそうです」

 そんな農村時代の面影を残す旧家の中庭に、1本の、高さ4メートルほどの椿の木が、濃緑色の葉をいっぱいに茂らせている。

 「貞明皇后が少女時代に、お手植えになった乙女椿です」

 章雄氏によれば、炎天であれ冷夏であれこの椿がしおれることはなかった。新型コロナウイルス禍に揺れた今年の春も、ピンク色の大輪をあふれるほどに咲かせたという。

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