孤高の国母

(4)おてんばだけど… 農家の乳母が育んだ「お姫様」の自覚

戦前の高円寺の農村風景(現東京都杉並区高円寺南)。戦後に開発が進み、現在は住宅などが密集している(大正9年撮影、杉並区立郷土博物館提供)
戦前の高円寺の農村風景(現東京都杉並区高円寺南)。戦後に開発が進み、現在は住宅などが密集している(大正9年撮影、杉並区立郷土博物館提供)

 のどかな田園と武蔵野の自然-。都心から離れた高円寺村(現杉並区高円寺)の農家、大河原家に里子に出された節子姫は、乳母のていと夫の金蔵の養育のもと、文字通りすくすくと、順調に育った。

 てい夫妻の養子、房次郎がのちに新聞に語ったところでは、「お二つの時軽いハシカをお病みになつた外(ほか)何の御病気もなさらなかつたそうです」という。

 大河原家は裕福だが、農家の常で多忙である。やがて節子姫が立ち歩きをし、外遊びをするようになると、ていや金蔵が一緒について回るわけにはいかない。

 かわりに面倒をみたのは、7歳年長のていの娘よしと、大河原本家の娘で9歳年長のはるだ。

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