戦後75年 領土の記憶(1)

突然の侵攻「8月28日、ソ連軍に占拠された」

 北方領土がソ連(現ロシア)に不法占拠されて8月28日で75年になる。1855年の日魯(にちろ)通好条約で日本領と定められた択捉(えとろふ)、国後(くなしり)、色丹(しこたん)、歯舞(はぼまい)の北方四島は一度も外国の領土になったことがない固有の領土だ。どのように奪われたのか。元島民の証言や史料を基に深層を探る。(編集委員 宮本雅史)

郵便局に押し入ってきた十数人の武装兵士

 「ソ連軍に襲われた」。択捉島南西部の留別(るべつ)村に住んでいた三上洋一さん(83)は当時8歳。留別郵便局長の父、一郎さんが血相を変えて自宅に駆け込んできた日のことを鮮明に覚えている。

 昭和20(1945)年8月28日。わずか2週間ほど前、郵便局の庭に大勢の村民が集まり、玉音(ぎょくおん)放送を聞いたばかり。戦争は終わったと信じられていた。

 まだ朝霧が残る昼前、留別郵便局に十数人の武装した兵士が突然、押し入ってきたという。7人の局員は銃を突き付けられ、局員1人だけを残して外に出されてしまう。一郎さんは村役場に伝えに走り、局員は島民に戸締まりをするように注意して回った。

「北方領土をめぐる日露の動き」を見る

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