戦後75年 領土の記憶(3)

ソ連軍の圧政 家を奪われ、科された強制労働

 北方四島(択捉(えとろふ)島、国後(くなしり)島、色丹(しこたん)島、歯舞(はぼまい)群島)を次々と監視下に置いたソ連は昭和21(1946)年2月、自国憲法を適用して自国領に編入したと主張し、実効支配をさらに進めた。

 北方四島には終戦時、計1万7291人(3124世帯)の島民が暮らしていた=注釈。多くは水産業で生計を立てており、昭和14~16年の3年間の平均水揚げ高は約5600万貫(21万トン)、当時の金額で約5200万円に上った。北海道全域の23%を占めていた。

「国後島はソ連の領土」一方的に宣言

 ところが、ソ連占領後、島民の生活は一変した。

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