孤高の国母

(5)幼少期から見えた皇后の気品 別れの朝に大粒の涙も…

 以下は昭和天皇の母、貞明皇后の幼少期の逸話である。

 大正6年創刊の雑誌「主婦の友」には、戦前から皇室に関する記事が少なくない。同誌が編集し、昭和46年に刊行された伝記「貞明皇后」には、農家へ里子に出された節子姫(貞明皇后)の興味深いエピソードが幾つか紹介されている。

 ある日の夕食時、節子姫を養育する大河原金蔵と妻のていが、ささいなことで口論をはじめた。次第に荒くなる金蔵の声…。と、節子姫がお膳の上の赤い箸箱を持って立ち上がり、座っている金蔵に歩みよって、コツンと頭を叩いた。

 小さな節子姫の果敢な行動に、やられた金蔵はきょとんとするばかり。ていが叱ると、節子姫は言った。

 「じいがばあをいじめたから…」

 金蔵とていは、喧嘩も忘れて相好を崩した。

 金蔵もていも、実直な人柄である。働き者のていは信心深く、誰よりも早く起き、ひと仕事終えてから神棚と仏壇に灯明をささげ、お経を読み上げるのが朝の日課だ。そんなていに感化されたのか、いつしか節子姫もていの横にちょこんと座り、神仏に手を合わせるようになった。

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