戦後75年 領土の記憶(4)

島民を家畜扱い 地獄の強制送還

 「日本へ帰れ。残るならソ連人になれ」。色丹(しこたん)島色丹村で暮らしていた得能(とくのう)宏さん(86)の一家は昭和22(1947)年9月下旬、ソ連側から突然、そう通告された。あくまでソ連領であるかのような通告だった。

 それでも母を中心に準備を急いだ。日本陸軍北方特別警備隊長(中尉)だった父、源治さんは戦犯として樺太(からふと)(サハリン)北部に連行されていた。米や乾パンなど保存できる食料をかき集めた。母は位牌(いはい)と家族の写真を、姉は1週間前に亡くした長男(享年1)の遺骨をトランクにしまった。

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