戦後75年 領土の記憶(5)

極寒の樺太 過酷な抑留生活を耐え

 北方四島(択捉(えとろふ)島、国後(くなしり)島、色丹(しこたん)島、歯舞(はぼまい)群島)を不法占拠したソ連は昭和22(1947)年夏から23年秋にかけ、それぞれ島に残った島民たちを強制的に退去させた。ただ、島民が着いたのは北海道の根室でも釧路でもなく極寒の樺太(からふと)・真岡(まおか)=注釈〔1〕=だった。

 色丹島色丹村に住んでいた得能(とくのう)宏さん(86)は母と姉、姉の長女、そして弟と妹の6人で真岡にたどりついた。一家を待っていたのは、乗せられた船以上の「地獄」の抑留生活だった。

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