孤高の国母

(10)九条の黒姫さま、華族女学校を牛耳る!?

明治20年代の華族女学校(彩色絵はがき、学習院アーカイブズ提供)
明治20年代の華族女学校(彩色絵はがき、学習院アーカイブズ提供)

 ♪権利幸福きらひな人に、自由湯をば飲ましたい、オッペケペ、オッペケペッポー、ペッポーポー

 ♪外部(うわべ)の飾はよいけれど、政治の思想が欠乏だ、天地の真理が解(わか)らない、心に自由の種を蒔(ま)け、オッペケペ、オッペケペッポペッポーポー

 自由民権運動にもかかわった演劇人の川上音二郎が芝居の幕間(まくあい)などに歌い、明治20年代に大流行した、オッペケペー節の一節である。

 軽快なリズムは現代のラップ音楽そのもので、当時は大人はもちろん子供にまで広く歌われた。だが、特権階級を風刺する歌詞だけに、華族ら高位高官は眉をひそめたことだろう。

 このオッペケペー節を、華族女学校で口ずさむ生徒がいた。

 節子姫である。

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