孤高の国母

(12)ライバル登場!? 特別扱いされた病弱の王女

華族女学校時代の伏見宮禎子女王(女子学習院編「女子学習院五十年史」から)
華族女学校時代の伏見宮禎子女王(女子学習院編「女子学習院五十年史」から)

 伏見宮禎子(さちこ)女王-。

 やんちゃで人気者だった節子姫が、クラスの中で唯一、頭の上がらなかった生徒だ。

 明治18年6月生まれで、節子姫より1歳年下だが、2人は同級だった。

 主婦の友社編集の「貞明皇后」によれば、初等中学科時代の禎子女王は「雪の精のように肌の色が白く、見るからに王女の気品を備えていた」。日焼けして肌が浅黒く、校庭を走り回っていた節子姫とは対照的である。

 一方で禎子女王も、勉強はよくできた。クラスメートの永井末子は同窓会の機関誌に、節子姫と禎子女王を並べて「御一緒に優秀の御成績であらせられ…」と書いている。

 例えば算術の授業は教師が問題を出し、最初にできた生徒が黒板に回答を書くスタイルだった。2人は、競うように黒板の前に立ったことだろう。

 節子姫と禎子女王-。よきライバルにもなりそうだが、そうはならなかった。禎子女王が皇族であり、皇太子妃に内定していたからだ。