孤高の国母

(14)病魔と闘う大正天皇 医師は切腹を覚悟した

12~13歳頃の嘉仁皇太子(二代目鈴木真一作の肖像、宮内庁所蔵)
12~13歳頃の嘉仁皇太子(二代目鈴木真一作の肖像、宮内庁所蔵)

 嘉仁皇太子-のちの大正天皇の生涯は、繰り返し襲う病魔との、闘いの連続であった。誕生は明治12年8月31日午前8時12分。全身に発疹のある状態で、早くも過酷な試練を背負わされる。

 3週間ほどで発疹はおさまったが、9月23日に腰湯をつかったところ症状が急変。明治天皇紀には《腹部に痙攣(けいれん)の発するあり、漸次胸膈を衝逆す、(午後)八九時に至りて最も強盛なり、又痰喘のため一層の苦悶(くもん)あり…》と、深刻な様子がつづられている。

 どうにか健康を回復した嘉仁皇太子は12月7日、明治天皇の生母である中山慶子の実家、中山忠能(ただやす)のもとに預けられた。

 だが、その後もたびたび発病する。