孤高の国母

(16)宮中で極秘会合 再吟味された皇太子妃候補たち

下田歌子
下田歌子

 明治32年の春先、かつて皇太子妃選考にかかわり、伏見宮禎子(さちこ)女王を「独り群を抜く」として推奨した内親王養育主任の佐佐木高行は、疑心暗鬼の日々を過していた。

 既述のように同年1月、前宮相の土方久元から「禎子女王には肺病の疑いがある」と耳打ちされながら、その後の展開を知らされていなかったからだ。

 2月、佐佐木のもとに再び土方が訪れてきたため、気をはやらせて聞いた。

 「皇太子妃の問題はどうなっているのだ。早くはっきりさせてほしい」

 佐佐木と土方は同じ土佐藩出身。佐佐木のほうが先輩格である。土方は遠慮したのか、歯切れが悪かった。

 「侍医らの診察では、禎子女王の健康は2、3年様子をみなければ確かなことは分らず、さりとてほかに適当な候補がいるわけでもなく、実に困っている」