孤高の国母

(23)華やかなる結婚の儀 こうして姫は、妃になった

黄丹袍の束帯装束で結婚の礼をあげた嘉仁皇太子
黄丹袍の束帯装束で結婚の礼をあげた嘉仁皇太子

 平成5年6月9日、皇居から東京・元赤坂の東宮仮御所(当時)まで4・2キロの沿道は、およそ19万人の群衆で埋まった。

 宮中三殿の賢所での結婚の儀を終えた、天皇陛下と皇后さま(当時は皇太子同妃)を乗せたオープンカーの車列が、時速10キロでゆっくり進む。直前まで降り続いていた雨も止み、「おめでとうございます」「万歳」の歓声が車列を包み込んだ。

 昭和34年4月10日の上皇さまと上皇后さまの慶事では、4頭引きの儀装馬車によるパレードだった。沿道の群衆は警視庁調べで53万人、消防庁調べで83万人。その前年からテレビが飛ぶように売れ、1500万人がブラウン管にくぎづけになったといわれる。

 日本中が祝賀一色に染まる天皇家の挙式-。だが、明治維新になるまで、それは決して華々しいものではなかった。