戦後75年 第7部 教育(1)

教科書問題 つくる会 一発不合格の衝撃 

会見で記者の質問に答える「新しい歴史教科書をつくる会」の藤岡信勝副会長(左から2人目)ら=2月21日、文科省(酒巻俊介撮影)
会見で記者の質問に答える「新しい歴史教科書をつくる会」の藤岡信勝副会長(左から2人目)ら=2月21日、文科省(酒巻俊介撮影)

 先の大戦後、日本教職員組合(日教組)などの影響で急速に左傾化した学校教育。平成になると正常化の動きが進むが、令和のいま、再び曲がり角を迎えようとしている。その典型が教科書問題だろう。いわゆる自虐史観からの脱却を目指す運動に、思わぬブレーキがかかっている。

 「私たちの教科書は、1年前に死刑判決を受けた」

 新しい歴史教科書をつくる会副会長の藤岡信勝が、そう言って唇をかんだ。

 1年前のその日、令和元年11月5日、藤岡は教科書編集者らとともに文部科学省を訪れた。3年度から使用される中学校の教科書検定で、つくる会が主導した歴史教科書(自由社)の合否を聞くためである。

 藤岡らは庁舎7階の一室に案内され、身を硬くして待った。窓のない、無味乾燥な白い部屋。ドアが開き、教科書課の職員が書類を持って現れ、こう告げた。

 「不合格です。反論される場合は20日以内に反論書を提出してください」

 青天の霹靂(へきれき)だった。

 以前の検定制度なら、不合格となっても70日以内に修正して再申請することができた。しかし平成27年度に検定の実施細則が変わり、「欠陥箇所(検定意見)数が著しく多い」(全ページ数の1・2倍以上)場合は年度内に再申請できなくなった。