孤高の国母

(36)気さくな皇太子 旅行先で“やらせ”を楽しむ

大正天皇(嘉仁皇太子)
大正天皇(嘉仁皇太子)

 明治44年に内相兼鉄道院総裁となった原敬が、同年8~9月の北海道行啓を終えて帰京した嘉仁皇太子と歓談した時の印象を、日記にこう書き残している。

 「拝謁を許さるゝとの事に付参趨して拝謁したり、(中略)殿下例の如く椅子によるを許され且つ煙草など賜りて御物語あり、(中略)今日に始まらぬ事ながら殿下は毎度御懇切に閣員等を遇せらるゝは恐懼(きょうく)の外なし…」

 大正7~11年に首相を務める原は、嘉仁皇太子を深く敬愛する政治家の一人だ。第一級の歴史資料でもある原の日記には、未来の天皇の気さくで人間味あふれる様子がしばしば登場する。

 その気さくさが国民の前で初めて明らかになったのは、明治33年10~12月の九州北部巡啓だろう。10月14日に東京・新橋駅を出発し、福岡、熊本、佐賀、長崎各県を巡ったときの様子は現地の新聞に詳しく報じられ、明治天皇とは異なる人徳を広く国民に印象づけた。