孤高の国母

(37)元“ライバル”が結婚 身重の皇太子妃の思いは…

明治34年に結婚した山内豊景・禎子夫妻。華族の中でも有数の美男美女カップルだった
明治34年に結婚した山内豊景・禎子夫妻。華族の中でも有数の美男美女カップルだった

 明治33年12月10日《東宮拝診御用男爵橋本綱常・侍医局長岡玄卿等をして拝診せしめらる。乃(すなわ)ち綱常等御妊娠と診断し奉り、此の旨を上申す》(貞明皇后実録1巻89頁)

 同年5月10日の結婚の礼からちょうど7カ月。夫の嘉仁皇太子(大正天皇)を深く愛しながら、すれ違いの日々に悩む中でもたらされた《御妊娠》の吉報に、節子妃(貞明皇后)はどんな気持ちだったか-。

 12月15日、2カ月半にわたり不在だった嘉仁皇太子が帰邸し、いつにも増して笑い声の響く青山御所で、一般の帯祝いにあたる内御着帯が行われた。

 帯を献上した帯親は、妻との間に4男1女をもうけた公爵の鷹司煕通(ひろみち)。帯をつける介添え役は嘉仁皇太子の生母、権典侍(ごんのてんじ)の柳原愛子である。