孤高の国母

(41)まるで恋人、幸福の皇太子妃 ところが…

満1歳の頃の裕仁親王
満1歳の頃の裕仁親王

 「皇長孫御養育の重任に膺(あた)るものは、殿下が後日帝国に君臨して陛下と仰がれ給ふべきを理想として養育し奉るの覚悟なかるべからず。而(しか)して第一に祈念すべきは、心身共に健全なる発育を遂げさせ給はんことなり」

 裕仁親王(のちの昭和天皇)の養育担当、枢密顧問官の川村純義が新聞紙上で公言した方針だ。

 川村は、こうも語っている。

 「人君たるものは御親子の愛情、御兄弟の友情、皆臣民の模範たらざるべからず。されば御父たる皇太子殿下、御母たる妃殿下が常に皇孫の御養育を監視し給ひ、御養育の任に当るものも常に両殿下の御側近くにて養育しまつるを勉めば、御親子の愛情愈々(いよいよ)濃かなるべく…」

 川村は有言実行の旧薩摩藩士。裕仁親王を託したのは、節子妃にとっても正解だったようである。