孤高の国母

(43)日露戦争前夜の悲劇 第3子が流産…

裕仁親王(左)と雍仁親王=宮内庁所蔵
裕仁親王(左)と雍仁親王=宮内庁所蔵

 明治35年7月1日、明治天皇は誕生7日目の第二皇孫男子に、雍仁(やすひと)の名と淳宮(あつのみや)の称号を与えた。裕仁親王(昭和天皇)の弟、のちの秩父宮である。

 出生時の身長約50センチ、体重約3300グラム。女官いわく「誠ニ御しつかりさま」だ。

 雍仁親王はしばらく節子妃(貞明皇后)のもとで育てられ、同年10月16日、裕仁親王と同じく養育担当の川村純義に預けられた。

 このとき節子妃の、別離の悲しみを和らげてくれたのは、嘉仁皇太子(大正天皇)である。