徴用工だった父の給料袋が物語る現実 明細には手当の数々

父が遺した給料袋を手にする清本清一さん=兵庫県相生市
父が遺した給料袋を手にする清本清一さん=兵庫県相生市

 日本統治下の朝鮮半島から「内地」に渡った男性が戦時中に働いていた兵庫県内の造船所からもらった給料袋を、家族が今も大切に保管している。袋に記された明細からは、半島出身労働者にもきちんと給料が支払われていた実情が見てとれる。徴用工をめぐる訴訟の混乱は「戦後最悪」といわれる日韓関係が続く要因の一つだが、男性の家族は「この給料袋が、当時の半島出身労働者の待遇を物語る資料として役に立たないだろうか」と話している。(小林宏之)

 亡き父親が遺(のこ)した給料袋を手にするのは元在日2世で一昨年、日本に帰化した清本清一さん(76)=兵庫県相生市。給料袋は、戦時中、父が同市内の播磨造船所に勤務していた際の昭和17年1月から終戦後の20年10月まで、計42点(一部欠落や1カ月で2枚にわたるもの、年月が読み取れないものなどもある)。