本土防空戦「紫電改」元隊員が遺した紫マフラーへの思い 

鶉野飛行場跡を訪れ、「紫電改」操縦席の実物大模型に座る笠井智一さん=昨年11月24日
鶉野飛行場跡を訪れ、「紫電改」操縦席の実物大模型に座る笠井智一さん=昨年11月24日

 愛媛県愛南町の「紫電改(しでんかい)展示館」に、紫色のマフラーが展示されている。大東亜戦争末期、本土防空の任を負った「第三四三海軍航空隊」(通称・剣部隊)所属の戦闘機「紫電改」搭乗員たちが身に着け空を駆けたそろいの品の1枚。同隊搭乗員で、今月9日に94歳で亡くなった笠井智一(ともかず)さん(最終階級・上等飛行兵曹)が生前、同館に寄贈したものだ。

 昭和20年1月に松山市で再編発足した三四三空には、本土防空の切り札としてえりすぐりのパイロットが集められ、海軍史上最強といわれた新鋭戦闘機「紫電改」が集中配備された。