孤高の国母

(49)史上初の皇太子訪韓 皇室の誠意に韓国側は…

韓国皇太子の李垠(前列中央の少年)と記念写真に納まる嘉仁皇太子(李垠の左隣)。李垠の右隣には有栖川宮威仁親王。その右は伊藤博文。李垠の左斜め後は東郷平八郎。右斜め後ろは桂太郎=明治40年10月、韓国・昌徳宮
韓国皇太子の李垠(前列中央の少年)と記念写真に納まる嘉仁皇太子(李垠の左隣)。李垠の右隣には有栖川宮威仁親王。その右は伊藤博文。李垠の左斜め後は東郷平八郎。右斜め後ろは桂太郎=明治40年10月、韓国・昌徳宮

 天皇、皇后になる前の嘉仁皇太子(大正天皇)と節子妃(貞明皇后)を語る上で、欠かせない人物がいる。

 英親王李垠(りぎん)-。500年余の歴史をもつ朝鮮半島の王朝「李氏朝鮮」の王統につらなる、大韓帝国最後の皇太子だ。

 李氏朝鮮が国号を大韓帝国に改めた1897(明治30)年、初代皇帝の高宗(李氏朝鮮第26代国王)の第4皇男子に生まれた李垠は、その瞬間から数奇な運命を背負わされていた。

 6歳のときに日露戦争が勃発。勝利した日本は韓国を保護国化するも、初代統監の伊藤博文は韓国宮廷が近代化を阻んでいるとみて、幼い李垠を日本へ留学させようとする。日本式の帝王教育で、ゆくゆくは日韓融和の主軸としたかったのだろう。