天然痘ワクチンを緒方洪庵に譲った医師 接種拡大への信念

笠原良策の肖像写真(福井市立郷土歴史博物館提供)
笠原良策の肖像写真(福井市立郷土歴史博物館提供)

 新型コロナウイルスのワクチン接種が国内でも始まった。現代医療に欠かせないワクチンだが、今から170年以上前の幕末の世に、天然痘のワクチン「痘苗」を広めた町医者がいた。笠原良策(かさはら・りょうさく=1809~80年)。京都で接種を広め、大阪では「適塾」(大阪大学の前身)を開いたことで知られる緒方洪庵に分け与え、地元・福井で多くの子供に接種させた。当時なかなか理解を得られなかったワクチン接種を進めるため私費も投じ、懸命に推進したという。

京都で接種を展開

 良策は福井生まれ。医師となり、天然痘の予防接種(種痘)の存在を知った良策は、清国経由で接種に使うワクチンを入手しようと福井藩に嘆願書を出した。一度は藩の理解を得られなかったが、嘉永元(1848)年に再び嘆願書を出し、認められた。

 嘉永2年、良策は長崎から京都に伝わったワクチンを師匠の日野鼎哉(ひの・ていさい)を通じて入手。そのまま京都で民衆への接種を広げていた。京都には2カ月近く滞在し、接種を進めていったが、ここで良策は接種のノウハウを蓄積させていった。