孤高の国母

(61)天皇の側室廃止 愛か嫉妬か-宮中に一夫一婦制を

貞明皇后(『女子学習院五十年史』から)
貞明皇后(『女子学習院五十年史』から)

 昭和天皇の母、貞明皇后が宮中の伝統保持に心を尽くしたことは、本連載の第1回目に書いた。身近に仕えた女官は、のちにこう回想している。

 「(貞明皇后は)明治天皇に対しては御生前に色々とお教へ頂いたことを有難がつてゐられ、賜(たま)はつたお品は大変大事にしてゐられました。御命日に当る毎月の三十日には、天皇のお好きだつたものを旧女官からお聞きになつて、これを色々と御写真にお供へになられました」(川上民枝)

 「皇后になられた時、奥向の事は何もかも明治天皇の時と同じにする様にとのことで、お内儀祭もその通りにされました。(中略)明治の旧女官には『明治天皇の御家来だから』とて後々まで色々とよくして下さいました」(入谷恒子)

 貞明皇后の二男、雍仁親王(秩父宮)も戦後にこう振り返る。

 「皇后になられてからの母上は、宮中の伝統、特に明治天皇と昭憲皇太后の先例を正しく継承されることをつとめられたのであって、世の中の移り変わりに従って宮中の例を改めるということには、きわめて消極的であった」

 一方、大正天皇はどうだったか-。

 むろん明治天皇にならい、先例を大切にした。ただ、「何もかも明治天皇の時と同じに」とまでは考えなかったようだ。