孤高の国母

(63)大正天皇は“軽率”? 重臣らの苦言に皇后は…

桂太郎
桂太郎

 大正天皇の即位後、その生活の隅々まで支えた貞明皇后だが、立ち入れない領域があった。

 激動する政治情勢である。

 話は明治天皇の崩御直後、大正元年7月30日にさかのぼる。その夜、首相の西園寺公望は元老の山県有朋とともに、大正天皇のもとを訪れた。

 「新帝となられた以上、政事(政治上の事柄)について十分ご注意いただかなければなりません」

 西園寺はこの時、大正天皇の言動を“軽率”だとして、先帝を見習うよう、こまごまと苦言を呈した。

 大正天皇はうなずいた。

 「十分注意しよう」

 だが、西園寺と山県は心許なかったようだ。内相だった原敬の日記によれば、西園寺らは侍従長の徳大寺実則(さねつね)を通じて昭憲皇太后にも「篤(とく)と新帝に御話下さるゝ様」求めている。