孤高の国母

(64)「逆賊を殺せ」! 民衆の怒りが大正政変に

西園寺公望(三浦寅吉氏提供)
西園寺公望(三浦寅吉氏提供)

 日本が藩閥政治から脱却し、より民主的な政治体制へ向かう発火点となった大正政変は、気さくな大正天皇の登場と無関係ではない。

 かつて明治天皇を大黒柱とし、維新元勲の強力なリーダーシップで小国日本を強国となした藩閥政治だが、一部の元老らに権力が集中することに、国民の心は離反していた。大日本帝国憲法の施行から20余年、政治的意識を深めた国民は、明治の終焉をきっかけに新たな体制を求めはじめる。

 大正元年8月3日、東京朝日新聞は書いた。

 「吾人は英邁(えいまい)なる新皇帝の勇断を以て新人物の活躍する新時代の一日も速かに来らんことを期待してやまざる…」

 だが、山県有朋や桂太郎らは国民世論に背を向け、自分たちに都合のよい君主像を押し付けることで、従来の体制を維持しようとする。

 それが「閥族打破、憲政擁護」を求める爆発的な国民運動につながったのだ。