孤高の国母

(66)警官襲撃し交番も焼き討ち 国民の怒りに天皇は…

「閥族打破」を叫び国会議事堂前に押しかけた群衆=大正2年2月10日(国民タイムス社『写真五十年史』より)
「閥族打破」を叫び国会議事堂前に押しかけた群衆=大正2年2月10日(国民タイムス社『写真五十年史』より)

 大正2年2月10日、国会は数万の群衆に囲まれた。大正天皇の勅語を再三利用し、議会を2度も停会させて権力の座に居座る首相、桂太郎に対する国民の憤慨が、最高潮に達していたのだ。

 停会期限が切れ、桂内閣の不信任案が可決されるはずだったこの日、国会を取り囲む群衆は、内閣総辞職か議会解散か、後者ならば「閥族打破、憲政擁護」の雄叫びを上げようと構えていた(※1)。だが、伝えられた一報は何と「議会復々(またまた)停会」-。

 ここに群衆の一部は暴徒化し、流血の騒動が始まる。

 最初に標的にされたのは警備の警官隊だ。当時の新聞報道によれば、騎馬で追い散らそうとする警官に対し、群衆は投石するなどして抵抗。「一巡査は抜剣したのでこれを角帽の一大学生が奪ひ取つて『非立憲だッ』と大喝する、群衆は『それやつ付けろ』と数ヶ所で巡査を包囲し帽を奪ひ服を裂くなど修羅の巷(ちまた)を現出」した。