孤高の国母

(71)大正天皇に取り入る大隈重信 だがその本性は…

大隈重信
大隈重信

 大正天皇の洋間の執務室-。

 屏風(びょうぶ)を立てた一角で、貞明皇后が絨毯(じゅうたん)の上に座り、宮中の「奥」向きの上奏文に目を通している(※1)。その耳に、いつもの明るい声が響いた。

 「節子、お前もこっちへ来てごらん」

 貞明皇后が屏風を越え、「表」の境界へ歩み寄る。大正天皇のそばで椅子を与えられていた老人が、慌てて立ち上がった。

 「これはこれは、皇后陛下-」

 大正3~5年に首相を務めた、大隈重信である。

 「大隈から面白い話を聞いたよ。さあ、節子にも話してやってくれ」

 「それはもう、喜んで。しかしお耳に合いますかどうか…」

 と、部屋の片隅にいた侍従が、困惑気味に口をはさんだ。

 「陛下、次の拝謁者が待っておりますので、この辺でそろそろ…」

 「まあ、もう少しよいではないか」

 こんなときの大正天皇が、貞明皇后は好きだ。気さくな笑顔に、つられて頬が緩んだ-(※2)。

× × ×

 藩閥打破の国民運動で第3次桂太郎内閣が倒れた、大正2年の政変については前回書いた。その後、海軍長老の山本権兵衛内閣が発足したが、山本も薩摩閥とみられていたため世論の支持は低く、シーメンス事件後の3年4月、反政府運動の再燃により退陣した(※3)。

 ここまでくると元老筆頭格の山県有朋も、藩閥政治を放棄しないわけにはいかない。世論をなだめる後任首相として、しぶしぶ推薦したのが大隈だった(※4)。