灯す

第4部 五輪の価値(5)変わる選手の意識 競技経験、社会に生かす

 新型コロナウイルスにあえぐ世の中に、多くの現役アスリートが前向きなメッセージを発信した。彼らは東京五輪・パラリンピックの主役であり、社会のロールモデルでもある。メダルの色だけが、競技者の価値を決めるわけではない。

                  

 1964(昭和39)年秋の東京五輪が閉幕して間もない頃だった。

 「金メダル、よくやったな。お前、就職先はもう決まったか」

 日本レスリング協会会長の八田一朗(故人)が、フライ級金メダリストの吉田義勝(78)に持ってきたのは進路の話だった。当時の吉田は日大4年生。五輪を花道に引退し、郷里の北海道で教員免許を取るつもりだった。「まだです」と告げると、八田は「よし、一流企業を紹介してやる」と続けた。

 大企業に籍を置くトップ選手はごく一部で、アルバイトで食いつなぐ社会人選手、進路が決まらず競技に打ち込めない学生選手も多かった。八田の紹介で明治乳業(現明治)に入社し、後に取締役まで務めた吉田だが、「結果が良かったから声がかかった。将来が約束されていたわけじゃない」。当時は結果だけが、競技者の価値を測る物差しだった。

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