灯す

第5部 パラリンピック (3)戦争が生んだ祭典

残された機能で限界に挑む

 英国で一人の医師が傷痍(しょうい)軍人の治療にスポーツを取り入れなければパラリンピックはなかったかもしれない。同じように日本の障害者スポーツの草創も戦争との深い関わりがある。

                  

 英ロンドン郊外のストーク・マンデビル病院。第二次大戦末期の1944年、ユダヤ人の神経外科医、ルードウィッヒ・グットマン(1899~1980年)は脊髄損傷部門の責任者となった。

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