西論プラス

コロナ下五輪「できる」「できない」科学が決める 運動部長 北川信行

フェンスで仕切られたコースをスタートする大阪国際女子マラソンの選手ら。五輪のヒントにならないか=大阪市東住吉区の長居公園(本社ヘリから、永田直也撮影)
フェンスで仕切られたコースをスタートする大阪国際女子マラソンの選手ら。五輪のヒントにならないか=大阪市東住吉区の長居公園(本社ヘリから、永田直也撮影)

 私の高校時代の恩師は「元祖公務員ランナー」と呼ばれたオリンピアンである。采谷(うねたに)義秋さん。日本体育大学卒業後は古里の広島県で長く体育教師を務め、2月28日に琵琶湖畔での最後のレースが行われた「びわ湖毎日マラソン」の優勝経験もある。だが、27歳で出場した1972年ミュンヘン五輪では、36位と振るわなかった。勝負の世界で「たら」「れば」は禁物だが、選考レースで好結果を残しながら落選した68年メキシコ五輪で走っていたら…。