歴史に消えたうた 唱歌、童謡の真実

(10)なぜ残った「桜井の訣別」

日本統治時代の朝鮮の『普通学校国史巻1』(朝鮮総督府発行)に掲載された「楠木正成」。絵は「桜井のわかれ」の場面(東書文庫蔵)
日本統治時代の朝鮮の『普通学校国史巻1』(朝鮮総督府発行)に掲載された「楠木正成」。絵は「桜井のわかれ」の場面(東書文庫蔵)

 楠木正成(くすのき・まさしげ)・正行(まさつら)父子や家族、関係者を歌った一連の歌の中で、戦後も生き残った代表的な歌がいくつかある。昭和30~40年代発行の歌集を見てみたい。

 堀内敬三・井上武士(たけし)編『日本唱歌集』(昭和33年初版、岩波書店)には、「青葉茂れる桜井の」の題名で『桜井の訣別(けつべつ)』(落合直文作詞、奥山朝恭(ともやす)作曲)や『四条畷(しじょうなわて)』(大和田建樹(たけき)作詞、小山作之助作曲)を収録。『鉄道唱歌』は東海道編で、「楠公(なんこう)」を歌った64番が入っている。