偏西風

「大阪モデル」の原点 都市かつ地方、矛盾背負って 大阪本社写真報道局長・堀川晶伸

「大阪都構想」法定協議会。終了後に言葉を交わす松井一郎・大阪市長(左)と吉村洋文・大阪府知事=19日午後1時36分、大阪市北区 (安元雄太撮影)
「大阪都構想」法定協議会。終了後に言葉を交わす松井一郎・大阪市長(左)と吉村洋文・大阪府知事=19日午後1時36分、大阪市北区 (安元雄太撮影)

 「『都市圏』だから、さまざまな追い風もあるが、“身の丈”を超えていることも多い。その分、逆風に変わると反動が大きい」

 大阪府のある幹部の言葉だが、新型コロナウイルスの感染拡大をめぐる現在の話ではない。緊急事態宣言の解除後もまだ人出が戻らない街を見ながら、府政を担当していた約25年前を思い出した。

 当時の大阪府は、バブル経済の崩壊で経営破綻した信用組合や第3セクターなど「負の遺産」の処理に直面していた。引き金を引いたのは地価の急落。投機的な資金が流入し、実態以上に膨らんでいたことが傷を深くした。