萌える日本史講座

磨き上げられた石室備えた中尾山古墳はやはり文武天皇陵

石の表面が極めて丁寧に磨き上げられていた石室。天井には朱が残っていた=奈良県明日香村(須谷友郁撮影)
石の表面が極めて丁寧に磨き上げられていた石室。天井には朱が残っていた=奈良県明日香村(須谷友郁撮影)

 奈良県明日香村の中尾山古墳の発掘調査が約半世紀ぶりに行われ、天皇陵にしか許されないとされる八角形の墳丘であることが確定した。石室は、火葬した遺骨を納めるため小規模にしながらも、精緻な造りだったことが判明。火葬された第42代・文武(もんむ)天皇(683~707年)の墓との説を裏付けた。わずか15歳で即位し、国内初の法令「大宝律令」を制定して法治国家を築き、遣唐使を再開させるなど内政・外交面で手腕を発揮。今回の発掘によって、新しい国造りに尽力しながら25歳で早世した若き天皇が再び注目されている。(小畑三秋)

「石室内の石はピカピカ。マイカーを洗車するとテカテカしますよね。そんな感じなんです。石特有のざらつきもない」

 同村教育委員会の西光(さいこう)慎治調整員は、11月末に行われた一般向けの現地見学会で、石室の精緻さをこう表現した。「飛鳥時代の古墳でこれほどまで丁寧に磨き上げられた石室は見たことがない」

王家の谷に築造

 中尾山古墳(8世紀初め、対辺長19・5メートル)は、北約500メートルに天武・持統天皇合葬陵、南約200メートルには飛鳥美人壁画で知られる高松塚古墳などがあり、まさに飛鳥時代の「王家の谷」に位置している。