聖徳太子没後1400年 第1部(5)

富士へ飛翔、平安を予言… 太子は神か、謎めく伝承

愛馬「甲斐の黒駒」に乗って富士山頂に飛翔する聖徳太子=「聖徳太子絵伝」(東京国立博物館所蔵、江戸時代)から。ColBase(https://colbase.nich.go.jp/)をもとに産経新聞社作成
愛馬「甲斐の黒駒」に乗って富士山頂に飛翔する聖徳太子=「聖徳太子絵伝」(東京国立博物館所蔵、江戸時代)から。ColBase(https://colbase.nich.go.jp/)をもとに産経新聞社作成

 聖徳太子はさまざまな能力を持っていたとされ、日本書紀(720年)は、その超人ぶりをこう記す。

 <生まれてすぐに言葉を話し、優れた知恵がおありだった。(中略)一度に10人の訴えを聞いても間違いなく聞き分けることができ、さらに先々のことまで見通された>

 こうした記述が、太子没後のおよそ100年後に編纂(へんさん)された日本書紀にみられるということは、太子を聖人化し信仰の対象とする見方がこのころすでにあったことをうかがわせる。

 その後、数々の太子伝が著された。集大成とされるのが「聖徳太子伝暦(でんりゃく)」(917年)。これをもとに、太子信仰を広めるため、その生涯を描いた絵物語「聖徳太子絵伝(えでん)」が全国の寺院にもたらされた。

富士山へ飛び、神仏と対話