10月23日

産経抄
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 1961年の夏、米ワシントン州の小さな島からボートをこぎ出し、日がな一日寝転んでいる日本人がいた。海に群れをなすオワンクラゲから、どうやって発光物質を取り出すか、考え続けていた。1週間たって、ある方法を思いつく。学会にもほとんど顔を出さない、「孤高の科学者」と呼ばれた下村脩(おさむ)さんらしい。

 ▼実験室で発光物質を研究中に副産物として発見したのが、緑色蛍光タンパク質(GFP)だった。GFPはやがて、生きた細胞の中で特定のタンパク質の動きを追う「目印」として使われるようになり、生物学や医学を飛躍的に進展させる。その功績に対して、47年後にノーベル化学賞が贈られた。