11月8日

産経抄
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 咸臨丸が米西海岸に到着したのは、安政7(1860)年3月である。サンフランシスコに上陸した福沢諭吉にとって、見るもの聞くもの全てが新鮮だった。

 ▼初代大統領ワシントンの子孫の消息を聞いてみると、誰も興味をもっていない。徳川家康の子孫が一市民として暮らしているような社会のありように、何より衝撃を受けた。諭吉にとって輝かしい文明国である米国は、実は深刻な問題を抱えていた。