産経抄

2月8日

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 表向き肉食が禁じられていた江戸時代でも、薩摩(鹿児島)では普通に豚肉が食べられていた。それに目を付けたのが、豚肉が大好物だった最後の将軍、徳川慶喜である。「豚一殿(ぶたいちどの)」というあだ名がついたほどだ。

 ▼「一橋公(慶喜)から豚肉を度々所望されて困っている」。京都の屋敷にいた薩摩藩家老、小松帯刀(たてわき)は国元の大久保利通に、こんな内容の書簡を送っている。明治の世になると、政府は西欧化政策を推し進め、肉食文化が次第に庶民の間でも広がっていった。