産経抄

4月25日

 平成3年に82歳で亡くなった新劇俳優の中村伸郎(のぶお)さんは、若い頃から外車を乗り回してきた。ある日、代表を務める劇団の稽古を終えた女優の岸田今日子さんに声をかけた。「これからNHKなんだろ、送っていってあげるよ」。「たすかります」と答えた岸田さんは、一瞬の間を置いてこう続けた。「でも駄目なんです、私急ぎますから」(『昭和の藝人千夜一夜』矢野誠一著)。

 ▼中村さんの安全運転は徹底していた。なにしろ、40キロ以上のスピードを出したことがない。「反スピード化論」と題したエッセーも書いている。「クルマが歩行者にブツかっても、歩行者は大してけがもせず、クルマの方がめちゃめちゃに壊れるべきである」。こんなドライバーばかりだったら、悲惨な事故は起こりようがない。