産経抄

5月24日

 幕末の日本は、開国を迫るために「黒船」を率いてやって来たペリー提督一行をいかにもてなしたか。1854年の日米和親条約の締結をひかえて、横浜に上陸していた一行を接待したメニューが残っている。

 ▼全部で「六汁十九菜」25種類にも及ぶ。仕出しを請け負ったのは、落語にも登場する江戸の料亭「百川(ももかわ)」である。1人前3両(約15万円)、500人分と経費合わせて総費用2千両(約1億円)の豪華版である。もっとも、野菜と魚を主とした淡泊な料理は、ペリーの口に合わなかったと伝えられる。