産経抄

6月11日

 阿部昭、井上光晴、佐藤愛子…。昭和38年下半期の芥川賞候補には、後に大活躍する作家の名前がいくつも見える。私のところに来るはずはない。高をくくっていたおせいさん、いや田辺聖子さんが『感傷旅行(センチメンタル・ジャーニイ)』で受賞してしまった。

 ▼もともと、純文学を志していない。学校を出てから家計を助けるために、7年間金物問屋で勤めた。電話を取ると早口の大阪弁が飛び込んでくる。「こんにちは、毎度ありがとうございました」とあいさつしているらしいが、田辺さんには「ちわまいっ」にしか聞こえない。こんな生きた大阪弁で、おもしろい小説を書きたかった。