産経抄

7月30日

 徳川幕府の3代将軍、家光の乳母となり、大奥を支配した春日局は、厳しい残暑の最中に65歳で急死した。精神科医の和田秀樹さんは、加齢により体温調節機能が低下し、臓器細胞が障害を受けて死に至ったと診断する。つまり死因は、今でいう熱中症だった(『日本史100人のカルテ』)。

 ▼「夏月、もっとも保養すべし」。貝原益軒は健康指南の書『養生訓』で、警告している。江戸時代中期にはすでに、熱中症の存在は知られており、中暑(ちゅうしょ)や霍乱(かくらん)という言葉が当てられていた。