太宰治の短編『トカトントン』は、書き出しの意外さが忘れ難い。〈拝啓。一つだけ教えて下さい。困っているのです〉。実際に届いた読者の手紙から、想を練った作品だという。文豪の豊かな遊び心と着想の妙に、一読して嘆息した覚えがある。
▼唯一気になるのは〈拝啓〉の後、いきなり本題に入ろうとする差出人の前傾姿勢である。仮に暑さの厳しい折なら、気遣う一言があってよい、と。時候の挨拶を書く段で、筆が滞る経験は誰もがお持ちだろう。速度重視の時代に若者が手紙を敬遠する心境も分かる。
太宰治の短編『トカトントン』は、書き出しの意外さが忘れ難い。〈拝啓。一つだけ教えて下さい。困っているのです〉。実際に届いた読者の手紙から、想を練った作品だという。文豪の豊かな遊び心と着想の妙に、一読して嘆息した覚えがある。
▼唯一気になるのは〈拝啓〉の後、いきなり本題に入ろうとする差出人の前傾姿勢である。仮に暑さの厳しい折なら、気遣う一言があってよい、と。時候の挨拶を書く段で、筆が滞る経験は誰もがお持ちだろう。速度重視の時代に若者が手紙を敬遠する心境も分かる。